モノの価格(時価というもの)

価格ってなんだろう?

たとえば「水」というものがあって、これを欲しい人がいます。
「あげるよ」「もらうね」といった感じで水を渡せば、それでおしまい。

ところが「タダで渡すのはイヤだ」と水の持ち主が思うと、そこに価格が生じます。
「100円で売るよ」「100円で買うよ」となれば、取引成立。
100円と水の交換が行われます。

「これは龍泉洞のお水だよ」とか、
「2リットル入りだよ」
「のどが渇いているから、どうしてもその水がほしい」
「ぬるいお水はいらないよ」・・・

モノ(水)の状況や、売り手と買い手、さまざまな状況によって価格は変化します。
同じ水でも、100円でも売れないこともあれば、1万円でも売れることもあります。

結局は、売り手と買い手の合意で価格が決まり、取引が行われるわけです。

取引がないときは

売った、買ったの取引があれば、「いくら」という価格が決まります。
その時の値段、「時価」です。

もし売り買いがなければ、いくら「ぐらい」ということはできても、「では、いくら?」と問われて答えても、それは目安でしかありません。

ゼイキンの世界では、売った買ったがなくても税金がかかります。
相続税・贈与税がその代表です。

一定額以上の財産があれば、相続税を申告して、税金を払わなければなりません。
亡くなった方の財産が「いくら」かを、決めなければなりません。

とはいえ、今遺族が住んでいる家などは、売るわけにはいきません。
いくらかなんて「だいたい」しかわかりません。

なので、相続税の計算ではその目安となる「財産評価基本通達」というものにより、その価格を計算してね、となっています。

先日出た判決

実務界でも関心の高かった、この評価に関する最高裁判決が19日に出ました。

ざっくり書くと、
財産評価基本通達の評価額 < その財産の時価 であった財産について、財産評価基本通達の評価額をもとに相続税を申告した。

でも、評価額と時価の間に著しい差があったので税務署はそれを認めず、その財産の時価で申告しろとなり、裁判になった。

最高裁の判決は、時価で課税した税務署の判断はOK というものでした。

この裁判はほかの事項についても論点があり、総合的にはこの結果でやむを得ないかな、という印象でした。

ただ、評価に関してはあいまいで、単に「税務署が納得しない評価(低い評価)の場合は、高い評価にしていい」という印象しか残りませんでした。

「著しい差」は評価額が低すぎる場合もあれば、評価額が高すぎる場合もあります。

高すぎる場合も当然是正するのが課税の公平だと思いますが、それは期待できません。
つまり、税務署側に使い勝手のいい判断のみにお墨付きを与えてしまったようなもので、なんだかなぁと思います。

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