頭の中を通さないと


考えている・・・

頭(脳みそ)の中を通ったか?

何回読んでも、わからない。
何回聞いても、わからない。

読んだり聞いたりする回数も大切ですが、ものごとを理解するには「脳みその中を通す」ことが大事です。

「本を読んで、脳みそを通らないことがあるのか?」
「人の話を聞いていて、脳みそを通らないことがあるのか?」

ただ字面を眺めているだけでは、その内容は脳みそを通っていません。
本を「見ているだけ」、話を「聞いているだけ」では、内容は頭に入ってきません。

学校の授業やセミナーでも、先生の板書をきちんと写しているのに、家に帰ってノートを見ても何も思い出せない。
こんなことも、ままあります。

読解力、理解力、質問力

「読解力がない」「理解力がない」とよく言われるこの頃。
読解力、理解力がついていないと、間違えたり、ムダなことをしてしまいます。
時と場合によっては、命に関わることにもなりかねません。

そこに何が書いてあるかを、正しく読み取る力が必要です。
と同時に、もしそこにある情報があいまいで、正しく読み取ることができないなら、正しい理解をするために質問する力も必要になります。

本に書いてあるから正しい、先生・講師が言っていることが100%正しいとも限りませんので。

私がよく例題として使うものにこれがあります。

「今日は雨降る天気じゃないよ」

もしこう伝えられて、これから出かけるあなたは、傘を持っていきますか?

考える、理解する、質問もできる

「今日は雨降る天気じゃないよ」
と伝えられて、あなたは傘を持っていきますか?

おそらく回答は、持っていく:45%、持っていかない:45%、わからない・その他:10%ぐらいでしょうか。

「今日は雨降る天気じゃないよ」

実はこれは、情報が不完全なのです。
なぜなら、句読点で意味が変わってしまうからです。

「今日は雨降る、天気じゃないよ」→ つまり雨が降る
「今日は、雨降る天気じゃないよ」→ つまり雨は降らない

意味は真逆になります。

表面的にさっと読んで、勝手に意味を取り、行動してしまう。
脳みその中を通っていないと、勝手に思い込んで、行動してしまいます。

「いや、情報の与え方が悪い」

たしかにそのとおりですが、それなら聞けばいい。
そこで質問できるかできないかは、脳みその中をきちんと通しているかどうかの違いなのです。
通していれば、「んっ?」と思うからです。

反射的な反応

一定の割合で出会うのですが、反射的に口を開いてくる方。

私「AはB+Cで計算できます。そこからDを引けば、答えであるEが出ます。」
その方「質問です。AはB+Cですよね。でDを引くんですよね。そうするとE、答えが出るわけですか?」

こんなやりとりです。

ただ、これは質問ではなく、ご自身の確認プロセスでしかありません。
マンツーマンでない場合、他の方の時間を奪うことになります。

人の理解のしかたはそれぞれなので、それ自体は否定しません。
マンツーマンで、時間もたっぷりあるのなら、私はお付き合いするでしょう。

ただ、時間等の制約がある場合には、ちょっと困ります。
これは質問ではないので、そこは運営側がうまくコントロールする必要がありますけど。

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