誰のため、何のための資料かは意識しておきたい


先日、眼科ドックを受けてきました。

定期的な検査は大切

人間ドックは毎年受けています。
年令を重ねるごとに、健康は何よりの「資産」だと、つくづく思います。

いくら大金を持っていても、寝たきりや病気になってしまったら、人生の楽しみは半減してしまいます。
自力で寝起きができる、自力で歩ける、自分のことは自分でできるように、意識しています。

仕事柄、というか目を酷使してしているので、今回眼科ドックを受けてみました。
時間は2時間ほど、視力検査から始まって、眼底検査、視野検査など10項目ほど。

昨日その結果がきました。

検査結果は

結果はほぼ正常、といっても「年齢相応」なんて判定もありました。
経年劣化はある程度やむを得ず、だいたい予想通りでした。

検査は流れ作業的に、順次進んでいくものでした。
最後の検査は眼科医の先生が行いましたが、いわゆる問診的なことはなし。
検査だからしかたたがない、といえばそれまでですが、ちょっと残念な感じもしました。

検査前にいくつか気になる項目もあったのですが、それは検査では出ず。
要観察項目もあるし、検査結果の確認も含めて、一度診察を受けてこようと思っています。

報告書は作成することが目的ではない

今回、検査報告書を受け取り、読んでみました。

報告書が1枚め、以下検査データの詳細が綴じられています。
グラフや写真、図解です。
そして、検査結果の見かた、といった書類です。

その中の何枚かが、こんなふうに。

印刷設定が、用紙サイズと合っていなかったのでしょうか。
最終行の下半分が切れてしまっていました。

“日付、時間、右(または左)” と印字されていたようです。

今回の検査なら、日付や時間は切れていても、そう気になりません。
ですが、重要な情報、右左が切れてしまっています。

その資料が、右眼のものか左眼のものかが、わからないのです。

行の最後に「漢字で」書いてあるようです。
でも「右」と「左」、上半分は同じですね。
アルファベットで「R」と「L」とか、ひらがなやカタカナなら分かったかもしれません。

報告書を見る人が、気にする確率の高いところなのに、残念です。

きっとこの資料を送った方は、毎日の流れ作業だったのでしょう。
10枚の報告書を印刷して、綴って、間違えなく受診者に送ること。
それは確かに、きちんとできていたのかもしれません。

でも、この報告書を受け取った人は、どういうところが見たいか?
どういうところを気にしているのか?

また、最初の眼底写真の配置。
私だけかもしれませんが、左眼・右眼と並んでいたほうが、違和感がありません。
これは患者と向き合って話をする、医師用のもののような気がします。

受け取る側、見る側の視点が欠けてしまっているように感じました。

翻って自分も同じことをしていないか?

行動が目的になっていないか?
惰性で作られていないか?
見る側の視点に立っているか?

常に注意したいものです。

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